No.4 易学勉強中の悩み
本格的に手をつけたのが、数理運命学と四柱推命でした。No1の中で書いた占い師さんの鑑定を見ていた中で、ある法則に気が付きました。母の影響で姓名判断をかじってはいたのですが「自分で見るのとプロが見るのはかなりの差があるはず。」と信じて鑑定していただくと、普通の姓名判断とは違うもので(後に生まれ日に合った名前を導き出す、数理姓名判断と知りました)とてもシンプルでシステマティックなその内容に興味を抱きました。自分なりに色々分析し、その鑑定に近そうな本を探し出しました。自力で彼女が算出していた内容に近い状態までこぎつけましたが、全てはわかりませんでした。でも「普通の人間がここまで分析できるものならきっと簡単なはず。
簡単に自分の運命が理解できるものを学べるならラッキー」と単純に思い、その占い師さんから頂いた名刺に印刷された易学スクールの名前で電話番号を調べ「これさえ学べば自分の事がわかるはず」と決めつけていたので、ろくにスクールの内容も聞かずいきなり通い始めました。「四柱推命は漢字ばかりで面白くなさそう・・・」とこれも勝手に決めつけていたので勉強したくはなかったのですがついでに学ぶことになりました。


最初は覚えることが面白く、楽しいばかりで何の苦もなく時間が過ぎていきました。サボらず、真面目に勉強していれば、いつかっきっと自分自身について明らかになるはず・・・と信じて疑わなかったのでただひたすら勉強しました。そして最初にぶち当たったのが、意味の中にあるポジティブな面ネガティブな面でした。勉強の初めは、どうしても自分自身の事を切り離して考えられず、ネガティブな内容に落ち込むときも少なくありませんでした。「不運な人生を送るんだったらどうしよう・・・」なんて考えていました(笑)。先生がおっしゃる一言に妙に敏感になってしまい、次第にもっと早く読めるようになりたいと切望するのでした。


半ばに差しかかった頃、まだこの頃はリーディングどころか、それぞれの事柄の意味をやっと覚えたという感じで、本当に読めるようになるのかという恐ろしい疑問。自分を知るために始めたことなのに、余計に悩んでいることがとても歯がゆく焦りがではじめました。自分の命式をみるたび、なんとなくブルーになったりしていたように思います。
基礎力をとても大事に考えるT先生の授業の日に予約を取って通っていたので、基礎には自信を持っていましたが、次第に内容がディープになって行き、記憶はしていけるのに、どんどん分からなくなるのがまた恐怖で・・・。とんでもないものに莫大な資金をかけてしまったのか?という恐怖もともなってきました(笑)。これは余談になりますが、他の流派との読み方や、とり方の違いにも疑問を抱き始めていました。大きくずれるわけでは有りませんが、やはりずれがあるのです。

そして統計学の輪郭がぼんやり明らかになり始めた頃から、四柱推命・数理運命学に精通したA先生の授業を受けることになりました。(四柱推命が面白くなったのはこのころからでした。)占い師を母に持つ人生経験ドンとこいのHさんと、元教育者で作家でもあるKさんたちと、同じクラスになることが多くなってきました。授業内容が面白みを増してきて、徐々に不安が消え始めました。二人ともとても勤勉で、陰でかなりの努力をされていました。それぞれに個性豊かで、とてもよい刺激を与えてくれました。


授業が進む過程で不可解なことに気づきました。命式を読み取る直前までは、3人ともほぼ同じ答えが出ているようなのですが、実際にリーディングで言葉になると、内容が微妙にずれるのです。どれも間違ってはいないのです。この頃釈然としなかった疑問が一つなんとなく理解でき始めました。{No1より抜粋・・・・その時疑問が一気にふくらみました。私はそれまで占いは、誰がその人をみてもある程度同じ内容を告げられるのだろう・・・と勝手に思っていました。占いに興味を持たずにきた私にはそれは衝撃でした。・・・}そうです!違って当然なのです(笑)。
もう一つの他の流派との読み方や、とり方の違いについては、占い師を母に持つHさんとのやりとりの中で、微妙に理解できるようになってきました。(今は亡き彼女のお母様のことにまで触れるので、内容は控えさせていただきます・・・)一つの流派の統計にしっかり根を下ろせば、なんの問題もないことに気づき、自信を回復することができました。
この頃から「あなた自身の感性を信用しなさい」と先生達から言っていただけるようになりました。
これを期に新たなる探求が始まり、以後際限のない貪欲な探求生活が始まるのですが・・・(笑)それはまた機会があれば後日・・・。

占いRays銀河玲・南船場鑑定所
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